イタリアの食卓には欠かせないワイン。ワイン好きなら知っておいて損はない、その歴史を知ってもっと楽しもう。
※2020年11月6日のものをリライトしました。
ワインは西洋生まれではなかった!
西洋の飲み物というイメージの強いワイン。イタリアやフランスのワインが世界的にも有名です。
そんなワインの始まりは紀元前8000年頃の古代オリエント。古代オリエントとは、地域的には西アジアからエジプト・東地中海岸を含んだインダス川までの地域で、広い意味では西洋から見た東洋を意味します。つまり、ワインは東洋生まれだったんですね。
ワインについて初めて文献で確認できるのは紀元前5000年頃の「ギルガメッシュ叙事詩」。シュメール人によるメソポタミア文明最古の文学作品です。次に、紀元前4000年頃のエジプトでも壁画などにワイン醸造の絵が描かれています。さらに、”目には目を、歯には歯を”で有名な紀元前1700年頃の「ハンムラビ法典」にも、”酒癖の悪いものにはワインを売るべからず”と記載されています。
エジプトでのワイン造り
オリエントからギリシャへ
ギリシャ神話によれば、ワインをギリシャにもたらしたのは酒神ディオニソス(バッカス)。ギリシャ神話の太陽神ゼウスが人間の王女セメレに生ませた子で、ぶどうの栽培とワイン造りを考え、広めました。
Bacchus, oil on canvas by Caravaggio, 1596–97; in the Uffizi Gallery, Florence, Italy
実際には、ギリシャにワインが伝わったのは紀元前1500年頃で、フェニキア人によってもたらされました。当時のワインは飲用だけでなく、薬としての効用もあり、アペリティーボの習慣のもととなりました。
ローマ帝国とキリスト教
古代ギリシャ人が「エノトリア・テルス(ワインの大地)」と言ったように、イタリアの地中海気候はワイン造りにうってつけの土地でした。冬には一定の雨量があるものの、夏は日差しが強く乾燥するという気候で、イタリアではすべての州でワイン造りが行われています。
エミリア・ロマーニャ州のぶどう畑
ワイン造りはローマ帝国の勢力拡大とともに、イタリア南部からヨーロッパ全土に広がっていきます。2-3世紀ごろにはフランスの有名産地ブルゴーニュ、ボルドー、シャンパーニュなどにワイン造りは広まっていたようですが、ローマ帝国の崩壊とともに、ワイン造りも下火になります。
時代は流れ、時は中世、ワインが再び発展を遂げる事になったのには宗教が関係します。キリスト教においてワインはキリストの血とされたため、その布教活動においてワインは重要な意味を持つ事となりました。修道院で続けられたワイン造りは、醸造技術の進化や瓶詰め・コルク栓の登場など発展を続け、キリスト教の広がりととも広がっていくこととなりました。
そして15-17世紀の大航海時代を経て、さらに世界中に広がっていきました。
ITALIAMO編集部
初心者のためのイタリアワインの選び方格付編、生産地編(格式と自由が混在するトスカーナ)、生産地編(バローロだけじゃないピエモンテ)、生産地編(泡も白も赤もグラッパまであるヴェネト)、泡編も合わせてご覧ください。